Table4「臓器売買~本当の意味での自己決定とは?~」

Table Coordinator
中山勝俊(中央大学法学部2年・写真左)

Assistant Coordinator
岩田実可子(中央大学法学部2年・写真右)

みなさんは、臓器売買と聞いて何をイメージするでしょうか。 おそらく、みなさんはブラックマーケットでの取引のことを想像して、恐怖感、嫌悪感を抱き、 日本とは無関係だと思って、目を向けようとしないのではないですか。
実際、アジアにおいてはブラックマーケットが存在し、そこで臓器が高価格で取引されています。 臓器売買は日本では馴染みはないかもしれませんが、 現に、2005年に愛媛県の宇和島徳州会病院で臓器売買事件あり、逮捕者も出ています。 また、アジアではかなり深刻な問題で、先日もインドで臓器売買業者が逮捕されました。 また、フィリピンでは臓器売買の合法化の流れがあります。

では、これを恐怖の対象としてではなく、自己決定権の問題として考えてみてはどうでしょうか。 これだと、恐怖のイメージもなくなるでしょう。

まず自己決定権の観点からみると、個人は自由を持っている以上、臓器売買も認めるべきであることになります。 ところが、臓器売買はほとんどの国々で禁止されています。
では、なぜ禁止されているのでしょうか。ほとんどの人は生命倫理、道徳という言葉を用いて、禁止を肯定しようとします。 はたして、生命倫理、道徳の観点からだけでドナーの自己決定権を制限してもよいのでしょうか。
また、現在医療の場では、臓器不足が叫ばれており、臓器の需要がかなり高まっています。 臓器売買を国が認めることで、助かる人もいるのです。 このまま一律に禁止するだけでは、ますますブラックマーケットでの取引が増えてしまいます。

さらに、ドナーがブラックマーケットに臓器を売ることは、 貧困やそれにつけ込む悪徳業者の存在という要因も深く関係しています。 ドナーが臓器を売るのは、貧困のために仕方がなく売るということもあります。 また、ドナーが臓器を売る際、悪徳業者にそそのかされたりすることもあります。 つまり、臓器売買を合法化したとしても、貧しい人々は自分の臓器を売るはずです。 これでは本当の意味での自己決定権が確保されているとは言えるでしょうか。

以上のように臓器売買においての自己決定権は生命倫理、 道徳、医療、貧困など様々な問題が複雑に絡み合っています。 一律に禁止することも、一律に認めることも必ずしも根本的な解決にはなりません。
そこで、今回はみなさんがあまり目を向けてこなかった臓器売買の問題やそれを取り巻く現状を認識して、 道徳の観点からだけではなく、医療の分野での側面、貧困や悪徳ブローカーの存在という面も踏まえた上で、 ドナーにとっての本当意味での自己決定権とはどのように確保されるかについてディスカッション、 ディベートを通してみなさんと導いていきたいと思います。