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正義とは何か~脳死を通して人間性を考える~
私達は「正義」という語を頻繁に耳にします。「正義」のための戦争、「正義」の味方等など…。では、「正義」とは何でしょうか??普段、私達は、明確な定義をせずにこの語を使っている様に思います。普通に生活する分には、いちいち使っている言葉の定義などしなくても人は十分にコミュニケーションをとれますし、定義の必要性など感じることもないでしょう。しかしながら、この「正義」という語については、それが何を指すのか考える必要があります。何故なら、「正義」とは危険な概念だからです。「正義」の実現を目指すことは、同時に「悪」を排除することをも意味します。そして、排除という暴力は、最も端的に表れると、存在の抹消、すなわち「死」という形で現れます。正義を掲げた戦争や正義の味方がワルモノを倒すのはこの例だと言えます。これは日本に住む私達にも決して無関係ではありません。死刑や臓器移植に伴う脳死判定など、人為的な「死」が作り出されているからです。このテーブルでは、この様な「死」に関する社会問題を扱います。
「死」は不可逆的です。一度「悪」を排除してしまえば、それを訂正することは出来ません。だから、私達は、「死」に関する正義について、慎重なそして確かな定義をする必要があるのです。
一方で、「正義」は唯一絶対の何かではない様です。絶対を喪失した現代において、しばしば、異なる「正義」は激しく対立します。そして、この対立は論理的に、感情的に決着がつかず、互いに、また一方的に「悪」の排除に陥ることもあります。
「正義」は現代の抱える最大の矛盾だと言えます。現代において、人は社会の外で生きることは不可能と言っていいと思いますが、人は社会において様々な決定を行い、そしてその影響を必ず他人に及ぼします。だから、「正義」を掲げることによって、自己の決定を正当化しなければなりません。しかしながら、「正義」を用いることは、「排除」を行うことに他なりません。排除によらなければ、共生することが出来ないという矛盾がここにみてとれます。しかも、移動手段の高速化・インターネット等の普及による情報伝達の高速化によって、社会は確実に広がりを見せていますから、この暴力は一層深刻な問題になりつつあるのです。
もし、社会から排除を最大限に減らそうとするならば、多種多様な「正義」と向き合い、折り合いを付けていくことが不可欠です。その手段は結局のところ「対話」に依るしかないのでしょう。口頭にせよ書面にせよ「対話」によってのみ人は自分の意見を他人に伝え、また他人の意見を理解できます。このテーブルでは、私達とそして参加者の皆さんが話し合うことで、「正義」について合意に至るプロセスを学ぶことになります。このプロセスを学ぶことは、今後社会問題を学ぶ上で重要な糧となるはずです。何故なら、社会問題を解決していくには、必ず「正義」を掲げなければならないからです。 私達と一緒に「正義」について考えてみませんか??皆さんの参加をお待ちしています☆彡
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