国民主権~衆愚政治から考えるその正当性~

私達は国民主権を理解し、主権のあるべき所在を考えることを目的として、学術活動を行います。また参加者が、当然に支持されているものを疑うことの重要性を、知る機会を得ることを目指します。

国民主権とは、その国の政治を行う権利を持つのはその国の国民であるという概念です。これは、国家が政治体制として民主制をとる根拠となっています。民主制は、多くの国が採用している政治体制であり、民主制とその根拠となる国民主権は正当性を有するものであると捉えられています。そして、私たちも国民主権が重要であるという教育を受けます。事実、国民主権を実現するための制度に疑問を持つ人はいても、国民主権に疑問を持つ人は少ないでしょう。

しかし、一方で国民主権に対する批判も提起されています。残虐な独裁として知られているナチスドイツのヒトラーの統治は、国民主権が故の衆愚政治がもたらしたものではないかという指摘です。もし国民主権が原因であのような統治が起こってしまったとしたら、そのような批判について考えることなく国民主権を受け入れているということは、見過ごすことのできない大きな問題となります。このような批判があるにも関わらず、何故国民主権が重要なのか、何故それが正当性を有するのかを考える機会が十分に与えられていないのではないでしょうか。

そこで、このテーブルでは、国民主権を衆愚政治のような批判も含めて理解し、本当に主権は国民にあるべきなのか、つまり主権を持つべき者は誰なのかを議論します。また、この議論を通して、参加者には当然とされてきたことを疑うことの大切さを学んでもらいます。何かを当然のものとするということは、現状を改善することを放棄するということです。例えば、国民主権を無批判に受け入れれば、仮に民主制よりも善い政治体制が存在するとしても、それを発見することはできません。これらのことを目的に、このテーブルでは国民主権というテーマを掲げて議論を行います。

Table Coordinator

早稲田大学3年
武田 洋平
写真右

Assistant Coordinator

早稲田大学2年
舘 和哉
写真左